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2018年も、どうぞよろしくお願いします。
新年1発目はこのお話。
縁起もへったくれもないけれど、ちょっとお付き合いください。
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人の溢れる大通りから、人を寄せ付けないようにいくつか路地を抜けた先。くすんだ通りの一角に、知らなければそれと分からない細い階段が地下へと続いている。階段を降りきると、ようやくそれとなしに壁に店の名前が書きつけられた小さな板が一枚。“ricos”というアルファベットと共に添えられた矢印が、先の色褪せた青い扉の先を示す言葉が書かれてあるのみ。
まず一見さんが一目見て入ることはなさそうな様相を呈していた。
音を立てて一人の老いた男が扉を開けると、真っ先に目に入るのは受付とバーを兼ねたカウンターだ。いつものように、きっちりと身なりを整えた30前後の男が綺麗な会釈をした。
「お待ちしておりました。栄田様。飲み物はいつもどおり……」
「今日はいいんだ。ありがとう。」
軽く手を上げて青年の心遣いを受け取ると早足で店の奥へと進んだ。カウンターをすり抜けると後は歩を進める度に人々の話し声やら囃す声やらが明瞭に、雑多に入り交じるようになっていく。
今日来た理由はただ一つ。
新入りの顔を見るため。
聞けばまだ二十そこらの学生上がりだという。
どういういきさつでこの“店”を知ったのかは知らないが、問題はその“腕前”だ。
この店はダーツもビリヤードも、手慰み程度の賭け事戯びなら一通りは揃っている。しかしそれはあくまで建前だ。もちろんそっちを目当てに来るものがいないわけではないけれど、その人達にしたって、この店がそれだけで終わらないことを知っている。
根本的なところはもっと法に擦れたところにある。
奥まで進み切ると、酒を片手にテーブルに寄り合う馴染みの顔を四つと、そのテーブルの前に立って矢を構える若い男の姿があった。
なるほど、あれが。
と思った。
若い男の矢の焦点の先にはごろごろと精巧なつくりの人形が乱雑に並べられている。照明できらりと光る作り物の眼は、本物と見紛うくらいに鋭い眼光を放ってこちらを睨んでいる。
プレイヤーが狙うべきは、その眼だ。
「なんだ、“練習”なのか。」
男が言うと常連の一人の白い髭を蓄えた同年代の男が若干首を縦に動かした。
「私も初めて見たんだ、お手並み拝見と行こうかと思ってな。」
白髭の隣で楽しそうに笑みを貼り付ける中年の小太りの男が口を挟む。
「拾ってきたのがこいつの手でどうなるのか、やはり知っておくべきだろう。」
なるほど、みんな興味津々なわけだ。
男が相槌を打っていると、若い男が一発、矢を見事に標的に放ってから振り向いた。
「はじめまして。なんだか噂になってるみたいですね。」
爽やかに笑う好青年だった。
裕福な家庭の育ちなのか、はたまた、何かしら既に稼ぎがあるのか、どちらとも取れる身なりをしている。
こんなところに来なくてもいいだろうに。
というのが率直な考えだった。
「どうだ、俺たちと組む気はないか?」
小太りの男が若い男が寸分違わず狙った標的を見据えて、薄く笑った。若い男はひとりひとりこちらの顔色を一瞥してから再び矢を手にして背を向けた。
「生憎、お金には興味はないんですよね。」
ヒュン、と空気がうねる音。
微かにガラスの割れる音がして、碧眼を模した小さな水晶玉が光を浴びながら散った。
好奇な目でざわつく大衆は、既に新入りの後方遥か彼方だった。
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このアルファベットは何なのかっていう全てのはじまりはこちらから。☟☟☟
http://observer-star8.hatenablog.com/entry/2017/11/30/200611
あなたをひとつのおはなしにします。☟
https://twitter.com/Lilja819/status/901791690415005696